2011年4月3日日曜日

4月2日のご報告

4月1日 深夜1時に東北道蓮田SAで、カネヒロ、炊き出し隊の皆さんと合流。
今回は、「だん」のIさんチーム。厚木七沢の陶芸家チーム、
イベンターのBさんチームとカネヒロのトラック1台バン4台、総勢16名。
そのほか、プロパンガス、水島米穀さんのお米、子供用に文房具セット、そのほか、和光小学校から調理器具、お肉やさんからも豚肉をいただいたりと、支援の輪で成り立っていると実感しています。ありがとうございました。

ほかにも、物資など提供してくださった皆様、仕込みをお手伝いくださった皆様のお力も頂いております。
改めて御礼申し上げます。

今回の物資は、東松島市の避難所に、食品、デザートに有名店のおいしい焼き菓子、そうじ用具を含む生活用品、保健センターにインシュアリキッドとアレルギー製品を、地元幼稚園に、おもちゃ、オムツ、洋服などなどをお届けしました。

荷物を降ろすときに、手伝ってくださった避難所の方々、ほぼ全員が家族を亡くされた方だと
センター長さんがおっしゃっていました。

センター長さんの案内で、町全部が壊滅した避難所さんにも案内され、被害の中心にも足を踏み入れましたが「ここにも、今、現在、埋まっている方々がいっぱいいるんです」と言われ、移動中もずっと手を合わせていました。
そして、今も自衛隊のみなさんが活動していらっしゃいました。
いままで支援した場所で、こんなに自衛隊のかたが作業している場所はありません。
それだけ、この場所の被害の大きさがわかります。

その中でも一番胸が詰まったのは、「この近所に全校児童約80人くらいの小さな小学校があったのですが、生徒のうち、残った子供が3人しかいないんです。そのこたちが、うちの避難所にいるんです」とのセンター長さんの言葉でした。

その後避難所に戻ると、その子供たちがボールを蹴って遊んでいました。
もちろん、センター長さんにお話を聞かなければ全く解らない位、無邪気に。
その姿を見たとき、「この子達に幸せが沢山訪れますように」と心の中で祈ることしか出来ませんでした。

東松島市の個人宅のお庭をお借りして、お昼には炊き出しが始まり、近所の方が続々といらっしゃいました。
(海からも相当離れているにもかかわらず、1階は津波の影響で大変なことになっておりました。そんな大変ななか、ご尽力くださりありがとうございました。)

メニューは、具沢山の豚汁、炊きたての白ご飯、お漬物、鮭そぼろ、黒胡麻のお汁粉。
「こんなにおいしいものを久しぶりに食べた」と
もう一度鍋を持って出直してしらっしゃる方も多く、うれしい限りでした。

ここでも、洋服や日用品をお配りさせていただきました。
他にも、有名パティシエの方が作ってくださったお菓子も。

東松島市の物資は、最低限のものは間に合ってきているという印象でした。
数日前とは、全然違います。
ただ、それはあくまでも最低限生きていけるというもので、十分ということは無いのでは?
ということも、現場に行って感じました。
また、今までのような個人のホームや病院などに今回行きませんでしたから、民間レベルではどうなのかが心配です。

今回、カネヒロでは初めて自治体管轄の避難所に行き、
いろいろな問題点も実感として持ち帰ることができました。
自治体の方々も疲れておられます。
今後は、避難所の方々に自治体を経由せずに、お渡しできる方法なないだろうか。
そうすれば、本当に必要なものが必要な人に渡るのではないだろうか。

自治体経由だと、どうしても、平等というのがあるので、在庫の確認して配るという作業が大変なのではないか。
でも、ほしいものはみんな同じものではないので、平等に配るということに
こだわらなくてもいいものも沢山あるはず。

皆様からもアイデアを頂いて、違う形での支援にカネヒロも変化して行きたいと思っております。
今後ともよろしくお願いいたします。

最後に、今回も沢山の感謝のお言葉を頂きました。
皆様、本当にありがとうございました。
また、寝ずに参加してくださった皆さま、お疲れ様でした。
事故もなく無事帰って来れました事にも感謝いたします。
全ての方に、ありがとうございました!

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